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プロジェクトがめざすもの

◆本研究プロジェクトがめざすもの

江戸時代に弘前藩でお殿様特注のおしゃれアイテム、贈答品として発達してきた津軽塗は、元来、様々な模様のバリエーションを生む匠の技によって特徴づけられてきました。ところが現代の津軽塗は、昭和初期の大衆むけ製品への転換や高度経済成長からバブル経済崩壊にかけての分業・量産体制の盛衰にともない、模様の画一化や後継者の不足といった課題に直面しています。この課題に対して本研究は、時代や世代の壁をこえた作り手どうし、そして作り手と使い手のあいだのコミュニケーションを促し、“創造の余地(=アソビ)”を取り戻すことが解決のカギになるのではないかと考えています。津軽漆連と連携しながら、先人たちが創造・蓄積し、運用してきた知識や技術を掘り起こし、それを津軽塗の多様性の復権や技術継承のために活用する道を探求することをめざします。

◆研究の背景・目的

我が国の工芸産業は、バブル経済崩壊後の消費縮小やライフスタイルの変化にともなって生産額の減少と職人の減少・高齢化に直面しています。青森県津軽地域で生産される漆工芸品「津軽塗」もその例にもれず、生産額は1978年の23億円をピークに1993年頃まで概ね横ばいを維持していましたが、現在はその半分以下にまで落ち込んでいます(財団法人東北産業活性化センター 2004)。津軽塗産地が抱える課題は、たんなる生産額の減少だけではありません。私たちは次のふたつの課題に着目しています。

一つは、高度経済成長期以降の量産体制がもたらした職人の世代の断絶(高橋2019)です。高度経済成長期の内需拡大を背景に津軽塗の需要は著しく増加しました。これに対応するため1970年に弘前市が実施した「津軽塗産地診断」では、津軽塗生産会社間の協業化が提言されました。その結果、1973年に津軽塗生産会社10社が集まって津軽塗団地協同組合を設立し、生産団地に建てられた工場内で工程ごとに分業化したライン生産を導入しました(佐藤 1979)。この体制は一時的に成功をおさめましたが、バブル経済の崩壊に伴う需要激減によって工員のリストラを招き、一連の生産工程の全体を習得してこなかった工員らは、津軽塗の仕事から離れざるをえませんでした。その結果、現在では、ライン生産確立以前に一連の技術を習得していた60歳以上の熟練職人たちと、2005年から始まった後継者育成事業で育った若手職人たちのあいだを埋める世代の職人は少数しかおらず、このことが世代間の技術継承のボトルネックとなっています。

もう一つの課題は模様の画一化で、これも津軽塗の量産化と深く関係しています。元来、津軽塗は、その要である「研ぎ出し変わり塗」の工程によって無限ともいえる模様のバリエーションを生みだせるという特質をもっています。しかし生産現場では、昭和以降の製品の大衆化・量産化にともなって均質な商品の安定供給を求められるようになり、唐塗に代表される比較的簡単に誰でも同じような模様をつくれる特定の技法だけが選択的に用いられるようになっていきました。また、バブル期の贈答品・引き出物需要に対応したさらなる量産体制により、工房ごとに多様性があった唐塗のなかのバリエーションですらも画一化していきました。その結果、現在では津軽塗の名が広く知られるようになった反面、消費者が求める津軽塗のイメージは限定されてしまったのです。

一方で、産業界を支援する青森県工業試験場(現・青森県産業技術センター弘前工業研究所)では、津軽塗の模様の深化も模索してきました。たとえば1975年には、幕末から昭和初期までにつくられた津軽塗60点の技法を詳細に分析・記録し、技法の再現にも取り組んでいます(九戸2021)。この調査によって、ごく一部の塗師に伝わるに留まっていた紋紗塗が再評価され、唐塗、ななこ塗、錦塗とあわせた4技法をもって津軽塗が伝統的工芸品の指定を受けました。また1980年代には、職人たちとともに新たなパターンの開発を目指すデザイン研究を行なっています。2002年からは、幕末・明治期につくられた514枚の「津軽漆塗手板」(模様見本)を調査し伝承の途絶えた技法の再現に取り組む、津軽塗技術保存会の熟練職人たちの活動もサポートしています。

多様な模様をうみだす技に誇りをもつ職人たちにとって、それを自由に活かせないジレンマは仕事の喜びややりがいともかかわる深刻な問題です。本研究では、こうした問題を漆器の作り手から使い手まで含めた津軽塗産地全体におけるネットワーク分断による持続性低下の危機と捉え、その打開をめざします。具体的には、熟練職人と彼らを支えてきた地方公設試験研究機関の活動史および技術研究蓄積を集約・再評価し、その成果に基づいて本サイト(津軽塗情報サイト IPADA)で情報発信をおこないます。また、本サイトに集約した情報を活用して、津軽漆連と連携しながら、使い手どうしや、使い手と作り手の交流ワークショップ等も企画していきます。これらを通じて、熟練職人と若手職人、周辺産業従事者、地方公設試験研究機関、漆器の使い手(消費者)を横断的に繋ぎ、津軽塗の多様性と持続性を取り戻すことを目的としています。

<参考文献>
九戸眞樹 2021「青森県のモダーンデザインを創った男―望月好夫を知っていますか?」『Industrial art news+産業工芸研究』56:1-10.
財団法人東北産業活性化センター 2004『伝統産業新時代!』日本地域社会研究所.
佐藤武司 1979『津軽塗の話』津軽書房.
高橋憲人 2019 「津軽の漆工芸」弘前大学人文社会科学部編『大学的青森ガイド』昭和堂, pp.241-252.